「新しく生きる」 2026年5月16日 主の昇天 説教要旨

第一日課   使徒言行録1章1~11節
第二日課   エフェソの信徒への手紙1章15~23節
福音書    ルカによる福音書24章44~53節


 

新しく生きる

今日は主の昇天主日です。「主の昇天」はイースター後40日目としていますので、日曜日ではなく今年は、5月14日の木曜日でしたが、その日に一番近い日曜日を「主の昇天主日」として守ります。

復活されたイエス様は、色々な形で弟子たちの前に現れました。福音書によってその記述はことなりますが、ルカ福音書では、エルサレムからエマオに帰る途中にある二人の弟子たちに現れました。その後、弟子たちに集まっているところに現れましたが、弟子たちは、復活のイエス様を信じることができず、亡霊を見ていると思ったとあります。イエス様は手と足をお見せになり、さらに焼いた魚を彼らの前で食べて、亡霊でないことを示されました。それでも彼らは目の前におられる方が確かに復活されたイエス様だと理解したとは、記されていません。

イエス様は、「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである」と言われました。モーセの律法、預言者の書、詩編ということは、旧約聖書すべてのことです。主の十字架と復活は、すでに旧約聖書にすべて記されていたことであり、神様によって計画され、定められていたことだったということです。しかもそのことをイエス様は弟子たちと共に宣教活動をしている中で、何度も弟子たちに語っていました。ルカ福音書では9章で既にイエス様は続けて2回、受難予告をされています。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている」しかし、弟子たちはその言葉を理解することはできませんでした。さらにエルサレムへ上って行く途中、18章に三度目の受難予告が記されています。しかしそのときも「十二人は、これらのことが何一つ分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである」と記されています。弟子たちは、「神の子」としてのイエス様のことを見ることはできず、自分たちの身近な先生としてのイエス様しか見ていなかったからなのでしょう。

イエス様は裁かれるべき罪は何も犯されていない方です。イエス様は、人間の罪の結果である神の裁きをすべてご自身で背負われて十字架に磔にされなければなりませんでした。「十字架の死」抜きには、復活、昇天という栄光はありません。イエス様は神様の御心をご存知でした。「メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する(24:46)」この文字通りの言葉は旧約聖書の中にはありません。旧約聖書全体に渡って記されていることを理解できるように、「聖書を悟らせるために彼らの心を開いた」のです。

「その名によって罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まって、すべての民衆に宣べ伝えられる」

「罪の赦しの悔い改め」ということは、イエス様はその宣教の初めから「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」言われていました。イエス様だけではなく、イエス様の先駆者である洗礼者ヨハネも「罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた」人でした。「罪の悔い改め」とは、それまでの自分勝手な自分中心の生き方から、神様の方を向いて、神様のために生きることです。「その名によって」とあるように、私たちは、自分の決断で、神様の方を向いて生きることができるようになるのではなく、イエス様との出会い、イエス様の導きによってはじめて新しくされ方向転換が可能になるのです。「私があなたの罪を背負い、あなたの代わりに十字架の苦しみを受け、復活させられてあなたと共に生きている。あなたは新しくつくられた。これから私と共に神に向かって生きるのだ」と復活のイエス様がおっしゃってくださっているのです。

イエス様はエルサレムの近郊ベタニアに弟子たちを連れて行きます。そこで「手を上げて祝福された。そして祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた」。使徒言行録の初めに、再び主の昇天の場面は記されています。「イエスは彼らが見ている前で天に上げられ、雲に覆われて見えなくなった。イエスが昇って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると白い衣を着た二人の人がそばに立った」イエス様は、弟子たちの目の前で、天に上げられました。つまりもうイエス様を身近に人間の目で見ることはできなくなりました。見えないお姿になられたというのは、人間の領域、限られた時間、限られた場所に生きる方ではなく、神の領域、無限の領域を生きる方となられたということです。

「彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに戻り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた」、昇天されるイエス様によって新しく生きる方向を示された弟子たちは、まず「伏し拝む」つまりは礼拝をして、そして大喜びで、エルサレムから始まる宣教の活動へと派遣されていきました。復活のイエス様と出会ったときにうろたえ、恐れをなし、亡霊かと思い、主イエスの復活を信じることができなかった弟子たちの心が、イエス様によって開かれ、大喜びで神をほめたたえ、前に進み始めるのです。
私たちは、イエス様のお姿をこの目でみることはできません。しかし、毎週礼拝に集い、礼拝の中で、主イエスの十字架の苦しみによって罪赦され、そして「あなたがたに平和があるように」と神様からの祝福を受けます。私たちは神様からの祝福、限りない恵みを受けて、主の証人としてここから日常のそれぞれの生活のなかへと派遣されています。私たちは、ここで主の証人とされています。そのことを大喜びで受け、神を賛美することができているのでしょうか。

幼稚園の子どもたちが歌うさんびかで「いつも よろこんでいなさい」という讃美歌があります。この讃美歌は「新聖歌」の446番で、テサロニケの信徒への手紙5章16節~18節「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」のみ言葉に基づく讃美歌です。

いつも よろこんでいなさい
いつも よろこんでいなさい
いつも よろこんでいなさい
よろこんで よろこんで よろこんでいなさい

このさんびかを歌うとき、こどもたちは「よろこんで」が3回繰り返されるので、指で数えながら歌います。本当に喜びに満たされている元気な声で歌います。この新聖歌は、大井バプテスト教会の牧師であられた、大谷恵護先生と共に働かれた大谷レニー先生によって作詞作曲された讃美歌です。大谷レニー先生は、「新生讃美歌」の編集スタッフであり、東京バプテスト神学校音楽科主任としても働かれ、教会音楽に深く貢献なさった方です。ハンドベルを教会音楽として最初に日本に紹介したのもこの大谷レニー先生だそうです。聖書の言葉をそのまま讃美歌として歌いたいという思いからこの讃美歌を作られたそうです。子どもたちが指で3回数えながら歌う姿を見ていると、本当にこの讃美歌を歌うことによって、喜びが心の奥底から湧き出してくるような思いになります。

礼拝に集うたびごとに、主イエスの十字架の苦しみによって罪赦され、そして復活によって、新しく生きる者とされたこと、喜びをもってその恵みを受けとめ、主の導きによって、主と共に、ここから宣教の働きに遣わされてまいりましょう。主の証人とされていることに感謝して

大刀洗か、太刀洗か

連休中、久留米教会の方で大刀洗の施設に入居されているNさんをお訪ねしました。かつて田主丸教会の敷地内に住まわれて40年間、教会の管理をしてくださっていた方ですが、施設に入居されてからも、毎日近くを散歩され、とても元気にお過ごしでした。田主丸教会の柑橘の樹(夏みかん、橙、デコポン)はNさんが植えられたとのこと、大きくなり、100個以上の実をつけている写真をお見せすると、驚かれていました。Nさんが住んでいらしたころは、庭を畑にして野菜を栽培しておられたこと、教会員の方のことなど、お話は尽きませんでした。コロナ後なかなか訪問ができない時期を経て、今は特に制限がなくなり、居室でゆっくりお話しができるようになり、ご一緒に讃美歌を歌い、聖餐式をし、恵みのときを過ごすことが出来ました。

訪問の帰りに、かねてより一度行きたいと思っていた「筑前町立大刀洗平和記念館」に行ってきました。駅は「太刀洗駅」なのに、「大刀洗平和記念館」と表示され、「大」なのか「太」なのか不思議に思い調べてみました。1889年の町村制施行時の登録ミスに起因するそうです。本来は「太刀洗」でしたが、官報への記載時に「大刀洗」となり、現在も行政の「大刀洗」と、歴史的由来に基づく「太刀洗」が混在しています。「太刀洗」とは、南北朝時代、筑後川の戦いで勝利した菊池武光が血に染まった「太刀」を近くの小川で洗い流したという故事に由来します。現在、行政や公共施設は「大刀洗」を使用し、歴史的な背景を強調する場合、甘木鉄道は「太刀洗」が使われています。登録ミスからこんなこともあるのかと驚きました。

 

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