第一日課 使徒言行録2章42~47節
第二日課 ペトロの手紙Ⅰ2章19~25節
福音書 ヨハネによる福音書10章1~10節
ひとりひとりの名を呼んで
聖書の中には、羊や羊飼いの話が多く出てきます。それは、パレスチナ地方に住む人々にとって、羊や羊飼いは身近な存在であったからでしょう。羊は屋根のある小屋にいれられていたのではなく、夜間は石垣に囲まれた囲いに入れられていました。石垣は自然石を積み上げて作られ、高さは人の背丈ほどでした。屋根のない野ざらしの円形または方形のスペースで、上部にオオカミやジャッカルなどの野生動物、あるいは盗賊の侵入を防ぐために刺のあるイバラなどの植物が置かれることもありました。出入口は一つだけで、扉がついていました。夜間は、門番がいて、野獣や盗賊の侵入を防ぐため、命がけで守っていました。朝、羊飼いがやってきて、門番が囲いの門を開けます。羊飼いは自分の羊の名前を呼び、そして水や牧草のあるところにつれて行きます。羊飼いは、羊に名前をつけ呼んでいただけではなく、それぞれの性格、特性もよく把握していたと言います。羊も自分の飼い主である羊飼いの声を聞き分けることができ、ほかの羊飼いについていくことはなかったと言います。
パレスチナの荒れ地での羊飼いの仕事は、のどかな牧歌的なものではありませんでした。羊飼いが、羊の後ろから追うのではなく、先頭に立って行きました。パレスチナの荒れ地には、ところどころに洞窟のような穴もあり、岩場もあり危険でしたので、羊飼いは行く道を杖で安全を確かめながら羊を導きました。時に岩陰に潜む盗賊や、突然襲ってくる野生動物からも羊を守らなければなりませんでした。多くの羊飼いは、杖と棍棒をもっていました。杖は行く道の安全を確かめるため、そして敵を追い払うために棍棒をもっていたのです。
今日の福音書日課であるヨハネ福音書10章の言葉は、羊飼いの生活がいかに厳しく、絶えず危険に直面した命がけの仕事であったかということを前提としています。「わたしは羊の門である」という言葉から始まります。そして11節、14節にある「わたしは良い羊飼いである」という言葉に導かれます。
「門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。」ここで、「盗人」「強盗」に譬えられているのはどういう人のことでしょうか。8節でイエス様は「わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。」と言われています。「わたしより前に来た者」というのは、旧約聖書の預言者のことを指しているのではありません。今日の日課の前のところで、イエス様は人の罪についてファリサイ派の人々と口論になっています。イエス様は、生まれつき目の見えなかった人を見えるようにされました。それが安息日に行われたという理由で、彼らは、目が見えるようになった人を尋問し、ついには会堂から追い出してしまいます。そのことを知ったイエス様は、ファリサイ派の人々の罪を指摘します。ですから、この10章の言葉はファリサイ派の人々、ユダヤ教の指導者に向けた言葉です。ここで「わたしより前に来た者」というのは、神様の権威を自分のために利用し、人を裁くために律法を用い、何とかしてイエス様を陥れようとたくらんでいたファリサイ派の人々と考えてよいでしょう。
自分の都合の良いように律法を解釈し、そして神の権威を利用して人を裁こうとする。それは、今の私たちにも言えることであるように思います。パウロでさえもガラテヤ書において次のように述べています。
「今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうをしているのでしょうか。あるいは何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません(ガラテヤ1:10)」自分を高く評価してもらうために人の気を取ろうとしているということを自覚していたのでしょう。
「わたしは羊の門である」イエス様は再び言われます。そして「私は良い羊飼いである」と言われます。イエス様は「羊の門」であると同時に「良い羊飼い」なのです。これはどういうことなのでしょうか。羊の囲いには必ず門がついているわけではありませんでした。村から離れたところにある羊の囲いには、門はありませんでした。また夏場など、羊飼いたちは、村には戻らず、放牧地で羊の群れと共に一晩そこで過ごすこともありました。そのようなときは、羊飼い自らが門となって羊を守っていたのです。門のない囲いでは、一か所入口のあいているところに、羊飼いが座り、あるいは横になって羊を守っていました。羊飼いは身体をはって羊を守る門となっていたのです。
「わたしは羊の門である」イエス様が言われる門とはどういう門なのでしょうか。それは、「私を通って入る者は、救われる」と言われているように、私たちを救いへと導いてくださる門です。主イエスの十字架によって、私たちの罪は赦され、私たちは救いを得ることができました。キリストの門は、私たちを救いへと導いてくださる門です。キリストはこの救いにいたる門に私たちを招き入れてくださっています。「また出入りして牧草を見つける」と続けて語られます。「牧草」は羊が生きていくために必要不可欠なものです。パレスチナの荒れ地において牧草のあるところに羊を導くことは簡単なことではありません。しかしキリストの門に入るものは、必要なものを安全のうちに見つけることができるように導いてくださいます。「私が来たのは、羊が命を得るため、しかも豊かに得るためである」主イエスに従うことによって、私たちは、豊かな命を得ることができるように導かれています。そのために主イエスはこの世に来てくださったのです。
羊飼いが自分の任されている羊の名前を一頭一頭呼び、その特性、性格をすべて理解しているように、イエス様は私たちのすべてをご存じで、ひとりひとりの名前を呼んでくださっています。私たちが安心して生活することができるように自ら門となって、身体を呈して私たちを守り、救いをもたらしてくださいました。イエス様がひとりひとりを呼んでくださっているにもかかわらず、その呼び声に気づかないことさえある私たちです。しかも自分勝手にその門を乗り越えていこうとさえしてしまう私たちです。それでも主は今日も変わらずに愛をもって私たちの名前を呼んでくださっています。
幼児讃美歌に「ひとりひとりの名をよんで」というさんびかがあります。
ひとりひとりの名をよんで
あいしてくださる イエスさま
どんなにちいさな わたしでも
おぼえてくださる イエスさま
主イエスの呼び声に気づき、そしてその呼び声にこたえることができる者でありたいと思うのです。「わたしは羊の門である」イエス様は、自らの命を犠牲にして、十字架の死をもって、私たちに救いをもたらしてくださいました。その救いの御業に感謝して、主にすべてを委ねて、今日も主と共に歩み出してまいりましょう。
藤まつり
19日(日)二日市温泉 藤まつりでした。日曜日ですので、参加することはできませんが、地元民としては、天気が心配で、筑紫野市のLINEで開催の知らせが届くと、ホッとしました。せっかくですので、前日の土曜日の午後、武蔵寺に藤を見に行きました。九州最古のお寺「武蔵寺」は別名「藤寺」といわれるように藤の花が有名です。まだ三分咲き程度でしたが、藤棚は、幅20m、奥行 10mほどあり、花房は1mを超えるものもあります。寺を創建したと言われる伝説上の人物、藤原虎麿が寺の発展を願って植えたとされる「長者の藤」は、樹齢1,300年とも言われ、筑紫野市の天然記念物に指定されています。藤棚の根元に酒を注ぐ「藤供養会」は武蔵寺の三大行事のひとつで、長者の藤にあやかろうとたくさんの参拝客が訪れるそうです。まだ満開にはなっていないこともあり、土曜日の午後にもかかわらず、訪れる人は数人でした。武蔵寺の藤だけではなく、教会からの道のり、色とりどりのツツジ、ハナミズキ、コデマリなど季節の草花、そして新緑を十二分に楽しむことができました。
久留米では、同日つつじマーチが開催されていて、ゼッケンをつけた人が大勢歩いていました。季節の花を見ながら、1年経ったなあと実感しています。皆さんに支えられ、2年目が始まりました。感謝することばかりです。
