「みなしごにはしておかない」2026年5月9日 復活節第六主日 説教要旨

第一日課  使徒言行録17章22~31節
第二日課  ペトロの手紙Ⅰ 3章13~22節
福音書   ヨハネによる福音書14章15~21節


みなしごにはしておかない

今日の福音書日課は、「聖霊を与える約束」というタイトルがついています。洗礼に向けての準備会などのなかで必ず「使徒信条」を学びますが、「聖霊」というのがどういうことなのかよくわからないと言われることが多くあります。目に見ることもできないし、もちろん近くにいることを感じることもできないし、理解が難しいことはよく分かります。幽霊とか亡霊とか悪霊といった「霊」と違うし、「霊感療法」などと言われる「霊」とも違うということ、聖霊である神はいつも共にいて働いてくださり、支えてくださるということをお話ししますが、なかなか捉えにくく、ますますわからなくなってしまうこともあります。

「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である」と記されています。この「真理の霊」は「弁護者」だとイエス様は言われています。「弁護者」というと、一般的に法廷で当事者の権利や利益を守る「弁護人」「弁護士」を指し、容疑者・被告人の権利を守る役割を持つ者のことを言います。「もう一人の弁護者」とあるように、イエス様の代わりにまた別に人が現れるかのように記されています。この言葉には、「弁護者」という意味の他に「助け手」「援助者」という意味があります。主イエスは、目に見える形で共にいてくださることはなくなってしまっても、弟子たちはみなしごのように見捨てられるのではなく、「もう一人の弁護者」として「真理の霊」がすでに「一緒に」「もとに」「うちに」いることを教えられたのです。

IT用語で「ユビキタス」という言葉があります。ネットワークが生活のあらゆる所で溶け込み、いつでも、どこでも、誰でも意識せずに利用できる環境や状態をさします。この「ユビキタス」というラテン語は、「同時にどこにでも存在する」「偏在する」という意味の言葉です。もともとは神学用語で神様の一つの特質を表す言葉だったそうです。神様はいつでもどこにでもおられる。聖霊なる神として、私たちと共にいてくださることが可能になったということを示す言葉です。

イエス様は、見える形で人となってこの世に遣わされました。永遠の世界を生きる方が、人間の世界、時間の世界にこられました。ある場所に限定されていない方が、ある場所の限定された世界に入ってこられました。ただ単にこれだけのことでしたら、2000年前のパレスチナ地方での出来事。遠い昔の遠い国での話になってしまいます。しかしクリスマスに人としてこの世に遣わされたイエス様は、十字架の苦しみを受けられたあと、イースターに復活されました。そしてさらに復活後、40日間、この地上に留まり、そのお姿を弟子たちにお示しになりました。その後、天に昇られました。キリストは昇天され、そのお姿を目で見ることができなくなったことによって、限られた時間、限られた場所を生きる方ではなく、私たちと共に居てくださる方となりました。それがペンテコステの出来事です。聖霊なる神、「真理の霊」となって、今もなお私たちと共に生きて働いておられる方となったのです。主イエスは2000年前の特定の地域に生きた方ではなく、私たちと今なお生きて働かれる方、私たちと共にいてくださる、ユビキタスの神、いつでもどこにでもいてくださる神となられたのです。

イエス様が今も生きて働いてくださる、共にいてくださるということは、聖霊の働きによるものです。遠い昔、遠い場所に生きたイエス様が、今の私たちのために生きられ、そして十字架の苦しみを受けられ、復活されたということを信じることが、聖霊の働きによるものなのです。
私たちと「一緒に」「もとに」「ともに」いてくださる「真理の霊」「もう一人の弁護者」、「聖霊の働き」をどのようなときに感じることができるのでしょうか。

私の勤務していた学校では、平和教育の一環として、ルワンダのジェノサイドの後、現地で「償いのプロジェクト」を立ち上げられた、佐々木和之さんの働きについて学んでいました。佐々木さんは、日本バプテスト連盟洋光台キリスト教会の教会員で、1年に一度、帰国され報告会をされているので、勤務校にも来て講演をしていただいていました。ルワンダのジェノサイドとは、1994年4月~10月およそ100日間にわたり起こった、同じルワンダに住んでいながら、フツ族とツチ族という異なる部族の衝突のために、ルワンダの国民の10%~20%のおよそ100万人が虐殺されたという出来事です。大虐殺事件は、多くの難民を出し、両部族間の深い悲しみの傷を残しました。佐々木さんは、その惨状を知り、まずイギリスで平和学を学び、その後、現地の大学で平和・紛争研究学科を立ち上げて授業として平和構築学を教え、「償いのプロジェクト」を始められました。最初は加害者が被害者家族のために家造りをする和解の取り組みから始まり、対話を通して赦しと癒しにいたる分かち合いのときを持ち、また大学で学んだ学生がそれぞれの場で平和構築のために働かれています。

3月に発行された「佐々木さんを支援される会」が発行している会報に、2月28日から始まった米国とイスラエルのイランに対する攻撃についてもその考えを記しておられました。日本は、憲法改正が強調され、平和憲法によって守られてきた基本姿勢がくずされ、2026年度の日本の防衛関連費は過去最大の総額10兆6千億円規模、GDP比約1.9%となったことが明らかにされています。射程圏外から攻撃可能なスタンド・オフ・ミサイルの増産、無人機、自衛官の処遇改善などにこの経費は使われます。世界中が自分中心、自国中心、自分さえよければという考えが主流となってきています。佐々木さんは「違法な戦争協力を阻止するために声を上げ、行動しなければならないと強く感じています」と記されています。100万人規模の大虐殺が起こったルワンダで、平和構築のための「償いのプロジェクト」を立ち上げ、活動を続けてこられている佐々木さんの言葉だからこそ、その言葉の重みを感じました。

ルワンダの大虐殺は、単に部族の違いから始まりました。自分の目の前で家族が、しかも部族が異なるというだけで鉈や斧で殺された被害者が、加害者と共に働く、対話による赦しが可能になる、そこに至るまでは長い時間が必要となり、間に立つ佐々木さんの働きは大きなものでした。しかしそこには聖霊の働きがあり、主につながることによる赦しが可能になったのです。今かつて佐々木さんの下で学んだ卒業生が、紛争が悪化する東部コンゴで働いていたり、ウガンダで活動を続けていた日本人留学生が、その活動を本にまとめて出版したり、日本の中高生に向けた平和教育ワークショップを開催したり、様々な働きを続けています。決して平和を諦めない若い力が働き続けています。そこにも、聖霊の働き、主によってつながっているからこそ発揮することができる生きる力を感じます。

ユビキタスの神はいつでも、どこでも共にいてくださいます。決して私たちをみなしごにすることなく、「聖霊なる神」は、私たちと「共に」「もとに」「うちに」おられ、今日も働かれています。主はいつでもどこでも共にいてくださいます。主と共に、決して平和を諦めない、平和のために、和解のために、聖霊の働きが今日も働くことを祈り続けてまいりましょう。

 

パンと牛乳の日

日善幼稚園には、卒園したピカピカの1年生がランドセル姿を見せに幼稚園に遊びに来てくれます。「学校楽しい?」と聞くと、給食に苦労していることを聞くことが多くあります。牛乳が飲めない、時間が短い、大勢で食べるのが苦手・・・苦労している理由は様々です。幼稚園ではお弁当給食をおかわりもして楽しく食べていたのに、環境の変化に適応するには、まだ時間が必要のようです。1日も早く、給食が楽しい時間になって欲しいと願っています。

私の勤務していた学校では、月に一度「パンと牛乳の日」というのがありました。1987年から始まった活動で、給食をパンと牛乳のみにして、ハンガーゼロ(一般財団法人 日本国際飢餓対策機構)を通して、給食費の差額で16名の開発途上国の子どもたちを里子として支援していました。「もう一人のお友だち」と呼んで、クラスに写真を飾り、いつもその友だちのことを祈りに覚えて生活をしていました。ボランティア委員会の児童が中心となり、里子の国を調べたり、里子の紹介をしたり、ハンガーゼロのスタッフを招いて講演会を開催したりしていました。また給食委員会の児童が中心になり、フードロスについて関心を抱き、「自分たちはフードロスしているのに、飢餓で苦しんでいる国がある」ことに疑問を持ち、飢餓について、フードロスについて調べて発表の機会を持っていました。「パンと牛乳の日」を通して世界の友だちを支援し、飢餓貧困について自分のこととして学び、給食を残さずに食べる意識をもつようになっていきました。ハンガーゼロの機関紙4月号に、チャイルドサポーターが特集され、「パンと牛乳の日」の活動が紹介されていました。「パンと牛乳の日」は教員も空腹に耐え、仕事をさっさと済ませて早く退勤していました。

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