「安らぎの場所」 2026年7月4日 聖霊降臨後第六主日 説教要旨

第一日課  ゼカリヤ書9章9~12節
第二日課  ローマの信徒への手紙7章15~25a節
福音書   マタイによる福音書11章16~19節、25~30節


安らぎの場所

皆さんにとって「安らぎの場所」「安心できる場所」とはどんな場所でしょうか。
「安心できる場所」というのは、自分が受け入れられている、認められている、そして愛されているということを感じることができる環境であることです。幼稚園は子どもたちにとって初めて体験する集団生活です。これまで家庭、両親とくにお母さんからの愛情をたくさん受けて過ごしてきた幼児が、初めてお母さんと離れて過ごすのですから安心して過ごすことができるようになるには、保育士との信頼関係を構築していかなければなりません。ひとりひとりに丁寧に接し、幼い子どもが自分はこの場所で受け入れられている、認められている、愛されているという実感をもつことができるようになると、自分の思っていること、考えていること、感じていることを表現することができるようになると同時に、友だちに対しても配慮ができるようになります。そしてときに自分の感情を抑えて譲ってあげること、我慢することもできるようになっていきます。そして幼稚園が安心できる場所になっていきます。

今日の福音書日課は、イエス様が群衆に向かって、洗礼者ヨハネについて話された後に、語られた言葉から始まりました。「今の時代は何にたとえたらよいか。広場に座って、ほかの者たちに呼びかけ、こう言っている子どもたちに似ている。『笛を吹いたのに 踊ってくれなかった。 弔いの歌を歌ったのに 悲しんでくれなかった』」これは当時の子どもの遊び歌であったようです。結婚式ごっこをして笛を吹いても踊ってくれないし、お葬式ごっこをしても悲しんでくれないということなのでしょう。ヨハネは「悔い改めよ。天の国は近づいた」と悔い改めを呼びかけました。一方イエス様は全ての病人を癒し、貧しい人と食事を共にし、福音、喜びの知らせを伝えました。それでも誰も悔い改めようとしないこと、誰も福音を真剣に聞こうとしないこと、そのことをこの歌に重ね合わせています。イエス様の嘆きと悲しみが感じられます。洗礼者ヨハネとイエス様は、ある意味では対照的な存在でした。洗礼者ヨハネは禁欲的で、断食をし、荒れ野でいなごと野蜜を食べ物として暮らしていました。一方イエス様は、貧しい人、徴税人の家を訪ね食事を共にされていました。ヨハネには厳しさ、激しさが感じられますが、イエス様のまわりは喜びと慰めで満ち溢れていました。しかし二人は対立する存在ではありません。ヨハネは、「わたしのあとから来る方はわたしより優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない」と言い、イエス様は「およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった」と、最大級の賛辞で賞讃されています。

イエス様は洗礼者ヨハネの働きとご自分の働きを並べて語られています。「すべての預言者と律法が預言したのは、ヨハネの時までである」と言われ、彼が最後の預言者、預言者以上の者であるとし、イエス様の先駆者として悔い改めの洗礼を促したヨハネの働きが、主イエスご自身の喜びの福音につながることを明らかにされています。しかし、今の時代を嘆き、数多くの奇跡が行われた町々が悔い改めなかったことを嘆かれます。

福音書日課の後半は、「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます」主イエスの祈りの言葉から始まります。主イエスは、弟子たち、群衆から離れ、ひとり山に上られて祈られました。どのように祈ればよいのか、「主の祈り」を弟子たちに示され、また十字架にかかられる前日「ゲッセマネの祈り」をささげ、十字架上で最後の祈りを叫ばれます。そのような極限状態のときの祈りは分かりますが、日ごろどのように祈られたかは聖書には殆ど記されていません。今日の箇所は、イエス様の日常の祈りが少しわかる箇所と言うことができます。

主イエスの祈りは、「あなたをほめたたえます」という賛美の言葉から始まります。イエス様にとって祈りは、父なる神との交わりを確認するときでした。真の理解者を得ることができず、嘆き憤りを感じておられるとき、まず神様との関係を明らかする、これは祈りの本質が何であるかを示されているように思います。

「これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、幼子たちにお示しになりました。」ここで「これらのこと」と言われているのは、イエス様が繰り返し語られている福音の神髄である「神の国」の到来のことです。幼子のような心を持ち、主イエスの言葉に素直に向き合わなければ、福音を受け取ることはできないと言われています。知恵や賢さは何の役にも立たないということです。パウロは、コリントの信徒への手紙の中で、「神は知恵あるものに恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。」と記しています。イエス様の語られる福音を理解し、受け入れるためには、知恵や権力、この世の地位や力は必要なく、ただ幼子のような心で素直にその福音を受け取ることができれば良いのです。

信仰とは、自分でもがきながら神さまに到達する、善い行いをすることによって、神さまに受け入れていただくということではありません。主イエスが私たちを選び、私たちの心を開き、恵みを与えてくださっている。その恵みをただ受け取れば良いのです。イエス様は私たちの心を開くために十字架の苦しみを受けてくださったからです。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」と主イエスは言われました。聖書の中でも最も有名な言葉のひとつであり、教会の前の掲示板に掲げたり、HPのトップに記していたりする教会も多くあります。私たちはみなそれぞれ家庭、学校、職場、地域、社会の中で生活していると、自分ではどうすることもできないような苦脳を感じ、束縛を受け、また理不尽な状況に置かれることもあります。自分の力では解決できない状況に追い込まれることもあります。それは残念ながら教会でもありうることです。「私の軛を負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に安らぎが得られる」軛とは、二頭の家畜の首にかけ、畑を耕す作業などをさせる時に用います。軛があれば、二頭それぞれが勝手な行動をすることができないので、軛がないときは出ないような力を出すことができるそうです。「私の軛は負いやすく、私の荷は軽いからである」主イエスが言われる「私の軛」とは主に従って生きる道のことです。二頭の家畜が繋がれているように私たちが主イエスに繋がって、主に従って生きる道を導いてくださるということです。「私の軛は負いやすい」のは、主イエスが私たちのために十字架という重荷を負われて私たちを罪の奴隷から解放してくださっているからです。「私は柔和で心のへりくだった者だから」、主イエスご自身が柔和でへりくだった者として、自ら十字架という重荷を受けられ、私たちの本来背負うべき重荷を軽くしてくださいました。主自らが私たちの重荷を私たちに代わって受けてくださいました。自分一人で歩むのはなく、主にすべてを委ね、主と共に歩むことが赦されている私たちは、主にしっかりとつながることによって、そこに安らぎを得ることができるのです。私たちが安心できる場所、安らぎを与えられる場所、それは主に繋がって生きる場所です。主とつながっていれば、自分ひとりで生きるよりもより強い力を得ることができるのです。

頭の牛をつなぐ軛

 

平和の道具として遣わされる

6月23日 沖縄慰霊の日、今年は豊見城市立豊崎中学校2年生の亀谷琉奈さんが平和の詩「生きたいと願った証」を朗読しました。曾祖母の沖縄戦体験をもとにした詩でした。「生きたい/死にたくない/その想いだけで/曾祖母は必死に生き延びた/戦争は人を傷つける/体だけじゃない/心まで壊してしまう/家族と笑う時間/友達と過ごす日々/「また明日ね」と言える幸せ/そんな当たり前を全て奪ってしまう/でもそれは/当たり前なんかじゃない/血と涙の中を生きぬいた人たちが/命を繋いでくれたから/今の私たちがいる・・・」(6月24日朝日新聞)戦争を全く知らない中学生であっても、戦争は体だけではなく、心も壊してしまい、全てを奪ってしまうことを理解して平和を訴えます。

福岡大空襲から81年を迎えた6月19日、福岡・天神の街頭で甘木教会の88歳の森部聰子さんが、小学校2年生のときに現在の博多小学校近くの自宅で体験した空襲の夜のことを語り、「戦争は国家による人殺し。戦争をさせないようがんばりましょう」と声を上げた姿が朝日新聞に掲載されていました。(6月27日)戦争を体験した方がご高齢になり、その体験を直接語る方が少なくなっている今、「子どもたちにつらい思いをさせてはいけない。防ぐのが大人の役目」と、反戦を訴えて平和運動を続けられており、辛い体験、忘れたいこと、語りたくないことがあっても、命の続く限り、強い使命感をもって力強く語り続けておられます。

14歳と88歳、お二人の力強い声から勇気を得て、キリストの十字架による真の平和を祈り続けていきたいと思うのです。

 

TOP