「一杯の水」2026年6月27日 聖霊降臨後第五主日 説教要旨

第一日課  エレミヤ書28章5~9節
第二日課  ローマの信徒への手紙6章12~23節
福音書    マタイによる福音書10章40~42節


一杯の水

ここ数回、マタイ福音書を通して派遣説教のみことばを聞いて来ました。今日の福音書日課は、この派遣説教の結びにあたります。この短い段落のなかに「受け入れる」という言葉が6回も出てきますので、この言葉がキーワードということができます。「受け入れる」と訳されている言葉の原語には、「迎える、歓迎する」という意味もあります。「あなたがたを受け入れる人は、私を受け入れ、私を受け入れる人は、私をお遣わしになった方を受け入れるのである。」弟子たちを受け入れる者は、主イエスを受け入れ、主イエスを受け入れることによって、主イエスを遣わした方、神様を受け入れることになるというのです。主イエスが、12人の弟子たちの派遣にあたり語られたことを、改めて記しているということができるでしょう。10章8節で主イエスは弟子たちに「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」と語られ、10節で「働く者が食べ物を受けるのは当然である」と語られました。これは一見反対のことを同時に言われているように思いますが、伝道者の生活を言い当てているということもできます。「主の言葉とみ業を決してお金もうけの手段にしてはならない」という戒めと、「それによって生活の糧を得ることを当然のこととしてよい」という励まし、保障が同時に与えられるのです。

「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。その家がふさわしければ、あなたがたの願う平和がそこを訪れるようにしなさい。ふさわしくなければ、その平和があなたがたに返ってくるようにしなさい。あなたがたを受け入れず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいれば、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。」「平和があるように」という挨拶「シャローム」は、パレスチナでは「こんにちは」程度の日常の挨拶です。出会ったときもまた別れるときも「シャローム」と言います。相手がそれを受けるにふさわしければ、「平和」は相手にとどまり、ふさわしくなければ自分に返ってくる。いずれにせよ「平和」をのぞむ、祈るその気持ちはそのひとことの挨拶のなかに込められているのです。『平和があるように』と祝福の挨拶をしても、受け入れられない、歓迎されないこともある。しかし、言葉に耳を傾けてもらえないのであれば、足の埃を払い落として出てくればよいというのです。それは、今はそのときではない、この家や町での宣教のときではないということでしょう。諦めてその町を去るというよりも、相応しいときを待てばよいということなのかもしれません。

41節では「預言者」と「正しい者」が並列されています。イエス様自身の言葉でありながら、マタイ福音書記者は今の教会の現状を主イエスの口を通して語らせています。初代教会の教会内においては、預言者、正しい者は特別な職務を担った人たちです。彼らは主イエスの語られた言葉を受け継ぎ、教会の中で主イエスの言葉を語り、そして解釈する職務を担っていた人々です。「預言者を預言者だということで受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者だということで受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける」ここで「報い」とは、報酬、賃金という意味ではなく、神様の愛によって与えられる「恵みの賜物」です。預言者を預言者として受け入れ、正しい人を正しい人として受け入れることができれば、預言者、正しい人と同じように神様の愛によって与えられる「恵みの賜物」を受けることができることが約束されました。

42節では、主イエスの弟子だということで、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受けると言われます。パレスチナでは、水は貴重でした。しかしわずか水一杯でも飲ませることができれば神様は決して忘れられることなく、恵みを与えてくださるといいます。この言葉は、イエス様とサマリアの女とのヤコブの井戸でのやりとりを思い起します。イエス様の一行は、ユダヤからガリラヤへ行かれる途中サマリアを通られます。正午ごろのことです。弟子たちは町へ食べ物を買いに行っており、イエス様だけがそのまま疲れて井戸のところに座っておられました。当時女性たちが水を汲みにくるのは、通常朝や夕方の涼しい時間でした。水汲みは女性たちの仕事であり、また井戸での水汲みは女性たちの社交の場でもありました。サマリアの女は、暑い時間に人目を避けるように水を汲みにやってきます。人目を避けなければならない理由があったからです。イエス様は疲れて喉が渇いておられましたが、水がめも水を入れる入れ物も持っていません。ですから水を汲みにきた女に「水を飲ませてください」と懇願します。ユダヤ人はサマリア人と交際を避け、ユダヤ人がサマリア人を軽蔑し嫌っていました。しかも男性であるイエス様が見知らぬ女性に公共の場で声をかける、挨拶をするということは、当時の風習では禁じられていました。ユダヤ人であり、男性であるイエス様がサマリアの女性に声をかけるということは、常識的には考えられないことでした。サマリアの女性は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と尋ねます。イエス様はユダヤ人から軽蔑され嫌われていたサマリア人、様々な事情によって人目を避けて生きていかなければならなかった女性に「水を飲ませてください」と懇願することによって、この女性の下に立たれました。そしてサマリアの女性はイエス様とのやりとりを通して、この人はただ者ではないということを感じ、イエス様から「永遠の命に至る水」を受け、新しく生まれ変わり、新しい人生の一歩を歩み出すことができるようになるのです。イエス様の言葉を受け入れ、町に行きメシアに出会ったということを人々に伝えに行きました。

また、「一杯の水」から、十字架上の最後のイエス様の言葉を思い起こします。

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた、こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酢を満たした器が置いてあった。人々は、この酢をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口元に差し出した。イエスは、この酢を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。(ヨハネ19:28~30)

十字架にかけられたイエス様は、人々の前に人間としてもっとも惨めな姿をさらけ出されました。人々はイエス様のことを嘲笑い、「神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りてこい」と罵声をあびせます。そのようなあざけりの中で十字架に架けられ、死んでいかれたイエス様は、どんな人間よりも下に立ち、すべての人の罪をすべて御自分で受けられました。そして最後のときに喉の渇きを訴えたのです。おそらく一杯の水を欲して「渇く」と言われたのでしょう。しかしそこでイエス様に差し出されたのは、たまたまそこにあった酢でした。のどが渇いたときに酢を飲まされると、喉がひりひりと痛み、一層苦しくなります。しかし「渇く」と訴えたイエスさまに最後に赦された唯一の飲み物は酢でした。そのようなみじめな姿で、一層苦しむ姿で息を引きとられることによって、神様の計画は「成し遂げられた」というのです。主の受けられた苦しみによって、主が自ら苦しみを受けられたことによって、私たちは、全ての罪から解放されて生かされているのです。

「罪があなたがたを支配することはありません。あなたがたは律法の下ではなく、恵みの下にいるからです」パウロは、私たちがキリストの十字架によって、全ての罪から解放され、神の愛によって「恵みの賜物」を受けて生かされていることを教えています。私たちはもうすでに神様の恵みの下にいるというのです。主から受けた恵みを受け入れることができればよいのです。そしてその恵みを共に分かちあうためにここに集められています。この恵みを必要としている人に分け与えることができるように、導かれているのです。主は一杯の水、「永遠の命に至る水」を私たちに与えて下さっています。主が与えてくださる一杯の水で心を満たし、その恵みに感謝して主に仕える者として恵みの賜物を生かしてまいりましょう。

 

麦刈り、田植えのころ・・・

福岡に来て、驚いたことの一つが、久留米市を含む筑後平野は、全国有数の小麦の生産地で北海道に次ぐ、第二の生産量だということです(北海道が国内生産量の約6割以上を占めており、圧倒的な第一位ですが)。4月当初は青々としていた麦畑が拡がり、5月下旬から、JR鹿児島本線、西鉄大牟田線からの車窓から、まるで海のように広がる黄金色の麦畑を眺めることができました。久留米市宮の陣町などの筑後川流域には、広大な平野が拡がり、市街地のすぐ近くまで美しい麦畑の風景を楽しむことができます。北海道では、パン用や中華麺用の「強力粉・中力粉」が広く生産されていますが、福岡県・佐賀県・熊本県は、古くからうどんなどの麺類に適した中力粉が生産されているそうです。

麦刈りが終わると、田おこし、代かきがされ、田植えが行われ、今は田植えを済ませたばかりの苗が植えられています。福岡県内で最も広い作付面積を誇る品種は「ヒノヒカリ」ですが、最も愛されている代表的なブランド米は、「夢つくし」だそうです。

福岡に赴任してきた昨年は、米の値段が高騰し、なかなか米の入手が難しい時期もありましたが、米の価格も落ち着いた今年は、色々なお米を試してみようかと思っています。九州や四国など猛暑の厳しい地域の米は、温暖化による品質低下、水と水加減の違いで東日本の米どころ(新潟や北海道など)と比べるとまずい!と言われてきました。しかし先日八女に行ったとき、「棚田米」を食べましたが、甘みがあり、香りもあり、とても美味しいお米でした。札幌で生活をしたことのある甥は、北海道の「ゆめぴかり」、幼稚園の佐賀在住の先生は「さがびょり」、それぞれ一押しのお米があるようです。

東日本を旅しているときに見る車窓は、田んぼが多く、麦畑を見ることはありませんでした。これまで5年生の社会科の授業で、コメ造りの1年、二毛作、二期作について教えることはありましたが、正直、米と麦の二毛作をしている地域があることは知りませんでした。(農業の授業は、横浜の都会では児童の関心も低いものでした)実際に目でみて学ぶことはたくさんあるものです。

麦畑を眺めるようになったこの1年、7月の福音書日課は、「種まきのたとえ」「毒麦のたとえ」が取り上げられます。パレスチナ地方の麦の栽培に思いをはせ、説教準備にとりかかります。

TOP