「カナンの女の信仰」2026年8月15日 聖霊降臨後第12主日 説教要旨

第一日課  イザヤ書56章1,6~8節
第二日課  ローマの信徒への手紙11章1~2a、29~32節
福音書   マタイによる福音書15章21~28節


カナンの女の信仰

イエス様は「そこをたち、ティルスとシドンの地方に退かれた」とあります。ティルスとシドンというのは、地中海東岸のフェニキアの町で、ユダヤの国境の外です。イエス様はユダヤ側からその地方に向かっていたということなのかもしれません。ユダヤ人からすれば、辺境の地、評判の悪い異教徒の地、誰も行きたがらないような場所だったからです。そこにカナンの女がやってきます。おそらくイエス様の評判を聞きつけてやってきたのでしょう。この女性が、病気の娘を癒して欲しい一心でイエス様に声をかけます。

「主よ、ダビデの子よ、私を憐れんでください」 異教徒である彼女がイエス様のことを「ダビデの子」と呼びます。これはユダヤ人に対する救いの約束の言葉であるのに、あえてそう呼んでいるのは、ユダヤ人でなくてもあなたは、「ダビデの子、救い主です」と告白せざるを得ない状況にあるということです。しかし彼女の切実な願いに対して、イエス様は何もお答えになりませんでした。無視です。しかしそれでも彼女は立ち去ることなくついてきます。弟子たちが困り果てて、「この女を追い払ってください。叫びながらついてきます」と言います。「追い払う」と訳されていますが、原語では「願いをかなえて去らせる」という意味のある言葉が使われています。「この女は願いを聞いてやらないとどこまでもついてきます。何とかしてください。」という思いでしょう。イエス様は「私はイスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになります。イエス様は「失われた羊」確かなものを失い、神の導きを求めて頼りなくさまよった状態にあるイスラエルを救いに導くために遣わされたのだと言われます。一回目は女性の言葉に返答もせず無視したイエス様、二回目は、自分はイスラエルを救うために遣わされたと返答し、この女性の願いを拒否されるのです。

しかし女性はこの言葉で引き下がることはありませんでした。さらにイエス様の前にひれ伏して、「主よ、私をお助け下さい」と願い求めます。イエス様は「子どもたちのパンを取って、小犬たちになげてやるのはよくない」と答えます。三回目の拒否です。「子どもたち」とはユダヤ人のことで、異教徒は「小犬」にたとえて返答されます。異教徒に対する侮辱と捉えることができます。彼女を侮辱しただけではなく、彼女の民族全体を侮辱するような言葉です。ここまで言えばさすがに彼女も怒って立ち去ってもおかしくありません。しかし彼女はこのイエス様の言葉に対して、冷静に返答をします。「主よ、ごもっともです。でも、小犬も主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます」女性は、「小犬」とされたことに憤慨することなく、イエス様の言葉を用いながら、上手に軌道修正して、自分の主張に繋げました。そして「主よ」と呼びかけ訴えかけるのです。たとえ小犬とされても、子どもつまりユダヤ人と異邦人は同じ権威、主人のもとにあるということを主張し、その信仰を示しました。三回、この女性の願いを拒否したイエス様は、「あなたの信仰は立派だ。あなたの願い通りになるように」と答え、そしてそのとき、その場にはいない、遠く離れたところで、娘の病気は癒されました。

イエス様は、様々な場面でファリサイ派の人々や律法学者たちと論争を繰り広げていますが、相手が次の言葉を続けることができないような状況への追い込み、論争の名手とも言えます。15章の前半部分でも安息日についての論争が記されています。マタイ福音書22章には、税金について、復活について、最も重要な掟について、ダビデの子についてと様々な問答が出てきます。イエス様は次々と投げかけられる質問に対して、実に鮮やかに端的に答えられ、決して負けることはありません。このカナンの女性とのやりとりは、唯一イエス様が論争に負けた出来事とも言うことができます。しかも三回も彼女の願いを拒否した上で方針を変更したかのようにすんなりと彼女の願いを受け入れるだけではなく、「あなたの信仰は立派だ」と称賛の言葉も加えています。彼女の娘のところまで行って、直接イエス様が手をかざして病を癒されるのではなく、遠隔操作によって彼女の娘の病気を即座に癒されます。

創世記32章に、ヤコブがベヌエルで何者かと格闘する話があります。ヤコブは格闘しているうちに腿の関節がはずれてしまいます。それでも「祝福してくれるまで離しません。」と食い下がり、イスラエルという名前を与えられ、その場で祝福を得ます。

「求めなさい。そうすれば、与えられる。捜しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。(マタイ7:7)」イエス様は言われています。神様は、どこまでも食い下がって来る者、求め続ける者に対しては、求めていることを聞いてくださる、祝福を与えてくださる方なのです。カナンの女性は、異邦人です。三回は拒否をなさったイエス様でしたが、必死になって、求め続け、訴え続けるものに対しては、その願いを聞いてくださるのです。その願いは私たちが望んでいるとき、望んでいる形で聞き届けられるわけではないかもしれません。しかし神様は全てをご存知の方です。私たちに必要なときに、必要な形で望みを聞いて下さり、求めていることを与えてくださり、祝福してくださるのです。カナンの女性の信仰、イエス様から「あなたの信仰は立派だ」と言われるには程遠い私たちですが、主を見つめ、主に全てを委ねる信仰を与えてくださいと求め続けていきたいと思うのです。

久留米教会では、明日の礼拝は「夏の召天者記念礼拝」として、召天記念堂に納骨されている方々のお写真を飾り、ご家族にもご案内をお送りして、礼拝を守ります。お盆の時期は、11月の全聖徒主日よりも多くのご家族が帰省されていて礼拝に集まりやすいということからでした。キリスト教では、召天後、50日を経たころに納骨式を行い、1年後に記念会を設ける程度のことは致しますが、その他は、ごく親しい親族が召天日近くに墓参をする程度です。このような現実から、日本人は、キリスト教の死後の対応に不安を感じ、生きている間は、キリスト教の教会でお祈りをして葬儀までは教会で執り行っても、死んだら仏教に戻るという方も多いと言います。草苑の二代目社長、木下勇さんは、キリスト教を日本に定着させるためには、仏教の法事に学び、日本人の心に合った慣習を取り入れるべきだと考えておられました。仏教では、四十九日の法要をはじめとして、中蔭、年忌の他に彼岸、盆など故人を偲ぶ機会が設定されているが、キリスト教ではここがほとんど欠落しています。だから日本人は、キリスト教の死後の対応に不安を感じるのだというのです。まさに的を得たご指摘のように思います。久留米教会がこの日本のお盆の時期に夏の召天者記念礼拝を行っているのは、この木下さんのお考えから始まったのかもしれません。

死は突然訪れ、私たちはその時、場所を人間の思いで操作することはできません。そして地上での別れは、寂しく、悲しく、時を経てもなかなか癒されるものではありません。しかし復活の主イエスは、弟子たちの前に何度か現れ、そしていよいよ昇天されるとき、弟子たちに世界宣教への権能を授け、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と約束してくださいました。弟子たちは、地上で、主イエスと目に見える形では共にいることはできなくなりましたが、聖霊が降り、いつどこででも共にいてくださる方となりました。

私たちは、先に天に召された方とは、地上で出会うことはできません。目で見ること、声を聞くことはできません。しかし復活の主イエスを通して、聖霊の力によって、つながっていることができるようになりました。そして神は私たちに永遠のいのちを約束してくださっています。先に天に召されたご家族は、主の御許におられます。おひとりおひとりの悲しみ、寂しさ、すべて主が受けとめてくださっています。全てを主に委ね、共にいてくださる主と共に歩んでまいりましょう。

 

平和を願い、祈りを合わせること

8月6日、広島原爆投下の日、久留米市の小学校は平和学習のための登校日として平和授業を実施しています。福岡県内では、かつて8月6日は、登校日でしたが、児童の安全確保の観点から福岡市や北九州市など多くの地域で登校日は廃止され、現在県内で実施している学校は3割未満に減少しているそうです。登校日という形ではなく、通常の授業期間中に指導月間を設けるなどして平和学習に代える学校が主流になっています。

東京、横浜の学校に勤務していた私は、私立の学校であったこともあり、夏休み中の登校日はありませんでした。広島の学校が8月6日は登校日であることは知っていましたが、九州もかつては登校日としていた学校が多かったということに驚きました。8月6日、8時15分にサイレンがなり、幼稚園でも先生方と祈りを合わせました。

9日、11時2分、礼拝の説教の途中でサイレンがなりました。私にとって初めての体験でしたが、説教の途中、切れ目のよいところで、皆さんと共に黙祷の時間をとりました。福音書日課は、「湖の上を歩く」奇跡の箇所でしたが、8月ということで、長野県上田市にある戦没画学生の美術館、「無言館」の話をさせていただきました。

神さまが創造された世界では、今もなお、あちこちで戦争や紛争が続いています。パレスチナ自治区ガザでは、ガザ保健省によると、7月の死者は152人に上り、そのうち子どもが21人だったとのことです。昨年10月の停戦以降にイスラエル軍の軍事作戦によって死亡した人の数は、1000人を越え、そのうち子どもが300人を越えているといいます。誰も生まれるときに自分の家族や国を選ぶことはできません。ガザに生まれたというだけで、生まれたときから、戦火のなかにおかれ、死の恐怖のなかで過ごさなければならない子どもがいること、夢をもつことも、将来に希望を抱くこともできない子どもたちがいるということを忘れずに、キリストの十字架による平和の実現を祈り続けてまいりましょう。   主の平和

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