第一日課 出エジプト記19章2~8a節
第二日課 ローマの信徒への手紙5章1~8節
福音書 マタイによる福音書9章35節~10章8節
福音を宣べ伝える働き手
「イエスは町や村を残らず回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた」、この言葉は4章23節にもありましたが、その後、マタイ福音書は5章~7章には「山上の説教」、8章~9章には、イエス様の様々なみ業が記されています。そして再び、同じ言葉が記されているのです。「群衆が飼い主のいない羊のように弱りはて、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」とありますが、それを「収穫は多い」と言われます。主イエスは、弱りはて、打ちひしがれ、絶望の中で生きている人々のために来て下さったのです。「収穫は多いが働き手が少ない。」と言われ、12人の弟子を選び、弟子の派遣へとつながっていきます。
マタイ福音書ではこれまで弟子の召命は、5人であったのに、いきなり12人を呼び寄せとあります。やや唐突であるように思いますが、「12」という数は、イスラエル部族の数に基づいていて、象徴的に、用いられていると考えられます。
10章2節から、12人の弟子の名前が記されていますが、興味深いリストです。まず「ペトロと呼ばれるシモン」から始まります。ペトロは、自他共に認める一番弟子でした。ペトロは、生活の糧を得るための大切な網をも捨てて主イエスに従いました。主イエスに対する無条件の信頼を抱き、従ったのです。その兄弟アンデレは、ペトロの陰に隠れがちですが、ペトロと共に湖で網を打っているときに主イエスに「わたしについてきなさい。」と声をかけられ、主に従いました。ヨハネ福音書によると、彼は、最初は洗礼者ヨハネの弟子でした。ヨハネがイエスを指して「見よ、神の小羊だ」という言葉を聞きます。イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであったと記されています。アンデレは主イエスに従うとすぐに兄弟シモンに、自分はメシアに出会ったと言い、シモンをイエスのところに連れて行きます。アンデレは、ペトロを信仰に導く大切な役割を果たしたのです。
フィリポとナタナエルの召命物語は、ヨハネ福音書1章43節以下に記されています。イエス様はガリラヤへ行こうとしたときにフィリポに出会い、「わたしに従いなさい」と言われ、その一言でフィリポはイエスに従います。マタイ福音書ではバルトロマイとなっていますが、バルトロマイの本名がナタナエルです。ナタナエルはフィリポから「わたしたちは、モーセが律法で記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ」と告げられます。彼は、ナザレのような田舎町でそのような偉大な者が出るわけがないと信じませんでした。しかしフィリポに導かれてイエス様に会いに行き、「まことのイスラエル人」と声をかけられ、この人は間違いなく「神の子」であると認め、主イエスに従います。
トマスは、復活後のイエスが他の弟子たちの前に現れたとき、その場にいなかったために、他の弟子たちが復活のイエスを見たと彼に伝えても「あの方の手に釘の痕を見、この指を釘跡に入れてみなければ、またこの手をその脇腹に入れなければ、私は決して信じない」と言います。そのことから「疑い深いトマス」と呼ばれていましたが、決して疑い深いだけではなく、ときに熱く、「私たちも行って、一緒に死のうではないか」と語ります。誰もが持っている人間の不完全さを、私たちに代わってイエス様の前でさらけ出していると言うことができます。
12弟子のなかには、イスカリオテのユダも選ばれています。どの福音書も、イエス様が捕らえられる場面において「十二人の一人であるユダ」と記しています。イエス様ご自身が選んだ十二人の弟子のひとりであるユダが裏切ったということが強調されています。イエス様は三回目の受難予告の中で、「人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す」と語っています。イスカリオテのユダの裏切りは、既に神の計画のうちにあり、イエス様ご自身もそのことを知っておられるのです。
この12弟子の名前のリストに、二人だけ肩書が記された人がいます。一人は徴税人マタイ、もう一人が熱心党のシモンです。当時の徴税人は、ユダヤを占領していたローマ帝国に納める税金を徴収していましたので、ローマの権力をバックに、自分の取り分を上乗せして、本来の何倍ものお金を巻き上げていました。ユダヤ人たちは徴税人をローマ帝国の手先、罪人とし、忌み嫌っていました。
一方、熱心党というのは、ローマ帝国の支配に、武力をもってしてでも抵抗し、ローマの権力を追い出してやると意気込んでいたグループです。超愛国主義者といってもよいでしょう。彼らは人に対しても厳しく、律法に熱心な人、律法主義者でもありました。律法違反した者に対しては、厳しく罰したと言われています。ですから熱心党の人々にとって、徴税人などは絶対許せない存在でした。
イエス様は、超愛国主義者である熱心党のシモンと、ユダヤ人から罪人とされていた徴税人マタイ、反目し合っている二人を、弟子としてお選びになりました。これは常識では考えられないことです。熱心党のシモンは、なぜ徴税人が主イエスの弟子として選ばれるのかと不信感を抱いたことでしょう。主イエスの弟子は、実にいろいろな人が選ばれているのです。出身地、職業が異なるだけではなく、敵対している者同志が、共にイエス様の弟子として生きるのです。イエス様の弟子選びそのものが、和解の福音、平和の福音ということができます。
イエス様は、12人の弟子たちを選ばれたあと、彼らを派遣するにあたり、様々な注意を語られます。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に行ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」この言葉だけを読むと、閉鎖的な印象を受けます。復活のイエス様は弟子たちを派遣するときには「すべての民をわたしの弟子にしなさい」と言われますので矛盾するように思います。しかしこれは、この段階ではまだ内側を固めるときとされているということでしょう。神様の計画にはすべてときがあります。今なすべきことは、まずは身近な人への宣教ということなのです。復活のイエス様から新たな召命を受けた弟子たちの宣教活動は、驚くべき速度で異邦人伝道へと拡がっていきます。
私たちが今、為すべき宣教について考えてみましょう。主イエスは弟子たちに、「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」言われます。私たちは、神様から多くの恵みをいただいているのですから、この恵みを多くの人に与えていかなければなりません。全ての信徒が「神の民」、宣教の働き手、担い手とされています。
日本福音ルーテル教会の現職教職は、最も教職数の多かった1992年には、教会数141に対して、邦人教職が152名、宣教師が48名いました。現在は教会数116に対して教職数は62名です。10年後には、40名になると予測されています。当然ながら今なすべき宣教も変わってきます。それぞれの教会がまずは内側、土台をしっかり固めることが求められていると思うのです。イエス様が選ばれた12人の弟子は、様々な背景をもつものであったにも拘わらず、主に導かれて大きな働きをなすことができました。私たちひとりひとりの働きは小さなものです。しかし望みを失わずに内側から、身近なところから宣教することが求められています。みことばに導かれて、みことばに生かされて、主イエスの招き「わたしについてきなさい」という声に応えてまいりましょう。
紫陽花
筑紫野市のLINEで天拝公園の「あじさい園」が見ごろというお知らせが届きました。今年は例年より開花が早く、紫や白など色とりとりの約15種類、1000株が辺り一面を彩っているということです。先日幼稚園の子どもたちと石橋文化センターに紫陽花を見に行きました。横浜の学校に勤務していたとき、この時期、6年生の社会科の授業の一環で、鎌倉見学に行っていました。北鎌倉の明月院は、通称「あじさい寺」とも呼ばれ、境内はヒメアジサイ2500株で、見事な「明月院ブルー」に染まります。しかし開門前に行列ができることも多く、紫陽花を見に行くというよりも人を見に行くようなものでした。紫陽花は、私たちが花びらだと思って鑑賞している大きな部分は、花ではなく「装飾花(がく片が変化したもの)」です。本当の花である「真花」は装飾花の中央に隠されていて、非常に小さいながらも雄しべや雌しべを備えています。紫陽花の色は、土壌の酸度と土に含まれているアルミニウムの量によって決まり変化します。薄いブルーだったのに、濃いブルーに変わることもあります。
先週は、聖壇にも紫陽花を中心にした生花を生けてくださいました。紫陽花からも神様の創造の業の素晴らしさ、不思議さを感じ、自然の恵みに感謝するときが与えられます。