第一日課 イザヤ書45章1~7節
第二日課 テサロニケの信徒への手紙Ⅰ1章1~10節
福音書 マタイによる福音書22章15~22節
神のものは神に
イエス様が天の国について3つのたとえを語られた後、徹底的に批判された宗教指導者たちは、イエス様をいかにして捕えて殺すか、ますます決意を固めます。自分たちの手を汚さずに、いかに合法的に、巧みに実行に移すか、作戦をたてて論争に挑みます。
作戦の一つは、「言葉尻を捕えて罠にかける」ということです。ファリサイ派の人々は、これまでも何度かイエス様と論争してきましたが、いつも巧みにかわされてきてしまっています。今度こそという思いです。
二つ目は、自分たちの弟子たちをイエス様のところに遣わします。自分たちはすでにイエス様に顔も知られてしまっていることもあり、弟子を使って先生に尋ねるという形をとることにしました。
三つ目は、ヘロデ党の人々と一緒に遣わしました。ヘロデ党は、ローマ帝国の支持によってヘロデ家の再興を期待する人たちで、納税に賛成の立場をとっています。ファリサイ派の人々は、律法を守ることを他の何よりも大切にする禁欲的な人々です。神にのみ仕えるべきユダヤ教徒が異国の王に対して納税するのは、神を裏切ることであり、モーセの十戒の第一戒を破ることになると考えていたからです。その立場、主張の異なる両者が一緒になってイエス様のところに赴くということは、今はお互いに対立しているときではない、共同戦線を張ろうということになったのです。
「皇帝に税金を納めるのは許されているでしょうか、いないでしょうか」この質問は、イエス様がどちらに答えを出しても直ちに追及できるような質問です。「税金を納める」ということは、ローマの支配を認めるということになり、ユダヤの民衆は黙っていません。一方「律法に適っていない」と答えれば、ヘロデ党の人々は黙っていませんし、ローマ帝国に対する反逆行為となります。
イエス様は、彼らの悪意に気づき、デナリオン銀貨を見て、「これは誰の肖像と銘か」と問われました。彼らが「皇帝のものです」と答えられると、「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と言われました。
このイエス様の返答は、色々な解釈ができます。第一に、イエス様は政治的な領域と宗教の領域との二つを認め、一方によって他方を否定するのではなく、その二つとも果たすべき義務を尽くしなさいという解釈です。第二に、「皇帝のもの」が人頭税を意味し、「神のもの」は神殿に納める神殿税を意味しています。イエス様は神殿支配体制を認めた上で、ローマ帝国に対して人頭税を納める義務を負わされているローマ支配体制を問う彼らの論理自体を拒否したという解釈です。第三に、納税に用いる貨幣にはローマ皇帝の像が刻まれているように、人間は神の像に従って造られているのであり、人間は神のものだと主張しているという解釈です。イエス様の返答は、短く簡潔なので、真意を理解するのは難しいことがあります。彼らがイエス様のところに持ってきたデナリオン銀貨には、ローマ皇帝の像が刻まれており、その周りには「崇高なる皇帝ティベリウス、神聖なるアウグストゥスの子」という銘があります。裏面には神の座に座るティベリウスの母の像と「大祭司」の銘が刻まれています。政治と宗教の両方における皇帝の権威を示しています。ファリサイ派の人々が、ローマ皇帝が記された貨幣を神殿内に持ち込んでいるということが、すでにモーセの十戒の第一戒と第二戒を破っているということになるのです。律法を順守している彼らの矛盾する行為がここで明らかにされてしまったのです。
「神のものは神に返しなさい」という言葉に注目しましょう。この言葉によって、私たちひとりひとりの生き方が問われています。デナリオン銀貨には皇帝の像と銘が刻み込まれています。創世記1章に、「神は御自分にかたどって人を創造された。(1:27)」と記されています。人が神の形にかたどって創造されたということは、私たち人間の姿は、神の肖像を映し出し、そこには神の銘が刻み込まれているということです。私たちは、神の銘を刻み込まれているものとして、自分を神に返す、神のものとして生きることが求められているということができます。
テサロニケの信徒への手紙の冒頭で、パウロは「主に倣う者」の生き方を記しています。パウロは、第二宣教旅行の一環としてテサロニケ伝道を行い、この地に教会を設立しました。テサロニケの人々は、パウロの伝道説教を受け入れ、多くの人がキリスト教に回心しました。彼らにとってキリスト教に回心するということは、先祖伝来の神々を捨て、「偶像から離れて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕える」ということです。しかしパウロがテサロニケを去ってしまうと、彼らは迫害され、苦難の下に置かれます。パウロは、迫害下に置かれたテサロニケの信徒たちの身を案じて、アテネからテモテを遣わして安否を尋ねます。しかし彼らは迫害に動じることなく、信仰によって働き、愛のために労苦し、希望を持って忍耐し、堅く立ち続けます。それを知ったパウロは、彼らに励ましと勧めの手紙を書いたのです。「御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りから私たちを救ってくださるイエスです」パウロは、テサロニケの人々がどのようにして、先祖伝来の神々を捨ててキリスト教に回心したか、そして迫害の中にあっても、信仰を堅く保ち続けている彼らの力となっているのは、死者の中から復活された主イエスであるということを力強く語ります。
「わたしは、イエスの焼き印を身に受けているのです。(ガラテヤ6:17)」パウロはガラテヤ書の中でこのように記しています。「焼き印」とはかつては、家畜や奴隷の識別や、人間への刑罰として永続的なマークとして付けられました。パウロは、奴隷に焼き印が押されたように、自分の体には決して消えることのない、主イエスの焼き印が押されている、像と銘が刻み込まれているということを言おうとしているのではないでしょうか。
私たちは、父と子と聖霊の名によって、洗礼を授かり、キリスト者として生きる道を備えられました。洗礼は一回きりの出来事です。洗礼を受けることによって、イエス・キリストの焼き印を身に受けることが赦されました。「神のもの」とされたということもできるでしょう。「神のものは神に返しなさい」イエス様はこの言葉を通して、私たちひとりひとりに、自分自身を神にお返しして生きよ、ということを教えてくださっています。「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。(ロマ12:1)」パウロは、神にお返しして生きるということは、自分の体を聖なる生けるいけにえとして献げることだと教えています。決して消えることがない、主イエスの焼き印を、身に受け、すべてを主に委ねてまいりましょう。もうすでに主イエスは私たちの手をしっかりと捕え、そして主イエスに従う道に立たせてくださっています。自分自身を神にお返しして生きる道を示してくださっています。『ふくいん子どもさんびか』に「主イエスと共に」というさんびかがあります。
主イエスと共に あるきましょう どこまでも/主イエスと共に あるきましょう いつも
うれしいときも かなしいときも/あるきましょう どこまでも
うれしいときも かなしいときも/あるきましょう いつも
どんなときにも、どこまでも、全てを主に委ねて、主と共に歩いてまいりましょう。
『8人のマリアとの対話』
出身教会である東京の大岡山教会でお世話になり、引退教師であられる北尾一郎牧師が、8月に『8人のマリアとの対話』という冊子を出版され、先日送ってくださいました。福岡地区女性会のつどいでも紹介しましたが、聖書入門書として書かれたもので、聖書に登場する8人のマリアと出会い、対話をする形式で書かれていて、とても読みやすい冊子です。巻頭に江藤直純先生が、劇作家・井上ひさしの言葉を引用して「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく・・・」を実践された本と紹介されています。聖書の中には8人もマリアがいたかなと思いましたが、確かにいました。詳しいエピソードが記されているマリアもいれば、たった1行しか書かれていないマリアもいます。その8人のマリアのところに、21世紀の日本に生きる私たちを代表して、北尾先生が訪問し、インタビューをし、対話をする形式で書かれています。
久留米教会の女性会は「マリア会」と言います。1911年に創立されたときから「マリヤ会」という名称でした。私が赴任してから、今は聖書の記述もギリシア語でも「マリヤ」ではなく「マリア」なので、「マリア会」にした方がよいのではないかと提案させていただきました。そしてこのマリアはどのマリアなのか、「イエスの母マリア」なのか「ベタニアの姉妹マルタとマリアの妹のマリア」なのか、「マグダラのマリア」なのかそれともまた別のマリアなのかお尋ねしましたが、もちろん創立当時のことをご存知の方はどなたもいらっしゃらずわかりませんでした。ちなみに久留米教会の青年会は1906年「磔友会」という名で創立されました。「『祈祷・伝道・奉仕』を合言葉で活動をはじめ、青年の情熱と信仰的交わりの中から数多くの篤信な信徒が育成された。」と80年史には記されています。今は、「元青年」はおられますが、青年はいないので、磔友会も消滅?しています。
『8人のマリアとの対話』ご希望の方は、まとめて注文したいと思います。1部700円ですのでご希望の方はお申し出ください。