第一日課 エゼキエル書37章1節~14節
第二日課 ローマの信徒への手紙8章6節~11節
福音書 ヨハネによる福音書11章1節~45節
「復活であり 命である」
幼稚園の子どもたちは、ブロックを繋ぎ合わせたり、プラレールの線路を銃に見立てたりして、遊びの中でよく戦いごっこをしています。子どもたちのその姿を見て、銃に見立てられたものが本物の銃にならないように、子ども達が将来本物の銃を手にすることがないように願う時代となってしまっています。今は、戦後ではなく、次の戦争の戦前なのかもしれないという恐怖さえ感じます。2月28日に始められた米国及びイスラエルによるイランへの軍事攻撃が開始されたころは、攻撃による被害の大きさが報道の中心であったのに、今は、原油価格の高騰によっていかに私たちの生活が脅かされるかということに焦点が移り、今この瞬間も死の恐怖と不安の中で生活している戦地の人々への思いが無視されているように感じます。
今日の福音書日課はヨハネ福音書11章に記されている「ラザロの復活の物語」全体が与えられました。マルタとマリアの兄弟、ラザロが命にかかわる重い病気にかかり、姉妹は、主イエスのところに使いを送り、そのことを伝えます。しかしイエス様はすぐに動こうとはされませんでした。弟子たちはおそらくほっとしたことでしょう。エルサレムでユダヤ人たちはイエスを捕らえようとしていたのをやっと彼らの手を逃れてヨルダン川のむこう岸まで来たのです。しかしイエス様は二日経って、「もう一度、ユダヤに行こう」と言われます。イエス様はなぜここで二日間、留まられたのでしょうか。弟子たちは、ユダヤ人を警戒されたからだと思ったでしょう。しかしそうではなく、イエス様は「ラザロは死んだのだ」と言われます。イエス様は「あなたがたが信じるようになるため」「神の栄光のため」二日間待たれたのです。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」人の可能性がすべて失われるところで、神の可能性が始まる、神様の働きが主イエスを通して明らかにされるために、二日間が必要だったのです。
イエス様が行って御覧になると、ラザロは墓に葬られてすでに四日もたっていました。イエス様が来られたと聞くと、マルタは迎えに行きます。「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」マルタはこれまでイエス様が多くの病人を癒してこられたことを何度も見て知っていました。だから瀕死の状態のときに、イエス様のところに使いを送って知らせたのです。すぐに来てくださっていたら間に合ったのかもしれないのに、もう今更来ても遅い、手遅れだという深い悲しみ、嘆きがこの言葉には感じられます。「あなたが神にお願いすることは何でも、神がかなえてくださると、私は今でも承知しています」マルタは、頭では神様は何でもおできになる方だと理解しています。「終わりの日の復活の時に復活することは存じています」いかにも冷静に信仰告白をします。
「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。生きていて私を信じる者は誰も、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」とイエス様は問われます。ラザロの復活物語の中心的な言葉です。命の源である主イエスを信じ、主イエスに繋がっていれば「決して死ぬことはない」つまり、死は死ではなくなるのです。私たちの人生は死によってある日突然終わります。しかしこの終わりを聖書は絶対的なものではないと断言します。私たちは死によって愛する人と隔てられてしまいますが、命の源である主イエスとつながることによって、その断絶は決定的なものではなく、愛する人ともつながって生きていくことが出来ると聖書は語ります。私たちは肉体的な死を避けることはできませんが、それを超えるものがあるのです。
一方マリアは愛する兄弟を亡くし悲しみのあまり、マルタがイエス様を迎えに出ていったことを知っていても、家の中にいました。マリアは、マルタに「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちされ、すぐに立ち上がりイエス様のもとにいきます。イエス様の姿を見ると、平伏して「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言いました。悲嘆にくれたマリアの心の奥底からのつぶやきのように感じられます。そこに集まっているユダヤ人たちが泣いている様子を御覧になったイエス様は「憤りを覚え、心を騒がせて」とあります。「憤りを覚える」とは、理不尽な状況や不誠実な対応に対して、腹立たしく納得できない強い怒りの感情を心の中で感じることを意味します。イエス様は、何に憤りを感じられたのでしょうか。マリアの言葉でしょうか、ユダヤ人が泣いている様子でしょうか。人間をこのような悲しみ、苦しみに陥らせていることに納得のいかない強い怒りの感情をいだかれたのでしょう。イエス様は「どこに葬ったのか」と問われた後、御自身も涙を流されます。盲人の目を開け、全ての病人を癒し、悪霊をも追い出される方が、憤りを覚えて涙を流されました。イエス様は、マリアとマルタの悲しみ、ラザロの死を悼むすべての人の悲しみを受けとめられ、そして共に涙を流されたのです。私たちの悲しみを受けとめてくださり、私たちと同じところに立ってくださる方なのです。何という慰めでしょう。
そしてこのあと、イエス様は再び憤りを覚えて、墓に来られ、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれ、ラザロの復活の奇跡が起こります。ラザロは死後すでに四日がたち、腐敗が始まり、死臭がしていました。そのような状態であってもラザロは復活しました。イエス様は、多くの悲しむ人、信じることができない人の目の前で、誰もが聞こえる大きな声で叫ばれ、誰も疑うことができない、全ての人が信じるようになるために奇跡を起こされました。
その後の様子はこれまでの長い記述とは異なり、実にあっさりと書かれています。ただ一つ、死んで四日もたったラザロが人々の目の前で、生き返った、甦ったという事実のみが記されています。
世界中で戦争や紛争が絶えず、幼い子どもを含めた尊い命がいとも簡単に奪われている今、戦争は如何なる理由があろうとも肯定できることではないと誰しもわかっていながら、それを止めることができない、望まない方向へとどんどん流されていってしまう、まさに憤りを覚える日々です。イエス様はラザロの瀕死の状態のときには、すぐにはかけつけることをなさらず、2日間留まり、その力がより大きく、またよりはっきりと表される方法をとられ、マルタとマリアの家に向かいました。「主よ、もしここにいてくださいましたら」このマルタ、マリアの言葉は、私たちもつぶやいてしまっている言葉のように思います。
主は私たちと共に涙を流して下さる方です。そして「主よ、もしここにいてくださいましたら」という私たちのつぶやきを聞いて下さり、必要なときに、主の御心に適った道を備えてくださる方です。私たちをいかなる苦しみからも救いだしてくださるために、主は十字架の上で最も惨めな姿で苦しみをうけられました。「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」主の力強い言葉を信じ、復活の主にすべてを委ねて平和の実現のために祈り続けてまいりましょう。
二日市地域教師会
15日(日)二日市地域教師会が太宰府第一バプテスト教会で行われました。2年ほど前から始まった集まりですが、私は赴任してまもなく、お誘いを受け、参加するようになりました。半年に1回ほど、夫婦で参加し、情報交換をします。筑紫野二日市キリスト教会、二日市栄光キリスト教会、天拝坂教会、カリスチャペル福岡、筑紫野南キリスト教会、そして私ども日本福音ルーテル二日市教会の6教会の教職が集まります。どこの教会も信徒の高齢化、働き手の不足、信仰継承が難しく子どもが集まらない・・・悩みは同じです。太宰府第一バプテスト教会は、3階に礼拝堂がありますが、ご高齢の方が上がっていくのが困難になり、1階の集会室で礼拝を守っているそうです。
月に1回程度、子ども食堂を行っている教会もありますが、市からの補助を受けているため、教会のチラシを置くことができても宣教活動はできないそうです。子どものハンドベルサークルを始めたが、小学校卒業と共に消滅してしまう。子ども対象のイベントを企画すると、かなりの人数が集まってくれるけれど、教会学校にはつながらないということでした。教会の清掃についても、いつも同じ方がやってくださるけれど、奉仕者は増えない。聖壇のお花の準備も奉仕者がいない・・・など牧師夫人の苦悩の声を聞くこともできました。ルーテル教会では、礼拝後みんなで清掃をしていること、聖壇のお花は献花献金をしていただき、当番の方に生けていただいていることなどお話ししました。情報交換の大切な場となりました。
二日市地区は、都心に出やすいこともあり、ここ近年、ベッドタウンとして高層マンションが次々と建設されています。朝の通学時間帯には、教会の前を小学生が大勢通ります。人口が微増している地域です。しかし教会に来られる方は遠方から車で来られる方が多く、地域に密着した教会ではありません。まずはここに教会があることをアピールしていくことから始めていくしかないのですが、「地域に開かれた教会」として宣教活動を続けることは難しい現状にあります。
超教派の教会との交わりは、情報交換の場であると共に、今日の教会の課題、宣教課題について話し合う貴重な時間になっています。今できることを考えると同時に、10年後の教会の姿をイメージして、今からできることを考えていくことも求められます。主の導きを信じて、一歩一歩を備えてくださる主に委ねて、宣教活動を続けてまいりましょう。