1505年7月、落雷体験から2週間後、ルターは大学を辞め、周囲の反対を押し切って、アウグスティヌス修養会に入り、修道士としての生活を始めます。修道士の生活は厳しく、断食や徹夜の祈りを繰り返す禁欲的な生活でしたが、ルターは、全ての務めを完璧にこなし、模範的な修道士でした。しかし心の平安を得られず、神経病患者のようになっていました。1512年、ルターは神学博士となり、ヴィッテンベルク大学の聖書の教授として聖書の講義をしました。最初の聖書講義は「詩編」について、続いてパウロ書簡の講義をするのですが、この一連の講義が「塔の体験」へとつながっていきます。
1517年10月31日、ヴィッテンベルクにある城教会の門の扉に、後に「95か条」と呼ばれることになった文書、正確には「贖宥の効力を明らかにするための討論提題」というものが貼りだされた出来事が「あの時、歴史が変わった」出来事と言われていますが、ルターの心の中の出来事という観点からみると「塔の体験」こそが「あの時」ということができます。
ルターは、大学で講義するために聖書を熱心に研究していましたが、「神の義」という言葉に苦しんでいました。ルターは、「神の義」についてこのように考えていました。神は義しい、だから神は人間にも義しく生きることを求めておられる。だから人間は罪を恐れて「能動的」に善い行いに励まなければならない。しかし人間は完全ではなく、罪人、罪を犯してしまう弱い者である。従って自分は罪人として裁かれなければならない。裁きの神、「怒りの神」を自分は愛することができない。つまり神を「怒りの神」と理解し、神を愛することができない自分に苦しんでいたのです。
しかし「神の義」についての理解が大きく変わっていきました。神は義しい、しかし人間は完全ではなく罪を犯してしまう罪人である。神は人間が罪人であることを知っているから、人間を愛し、自らの持っている義しさを人間に無償でプレゼントしてくださった。だから人間はその神に応え、神様が下さった義しさを「受動的」に受け止めればよい。受け入れることが「信仰」である。人間は完全ではなく罪人であっても、赦され救われる。救いは自分の努力によって得られるのではなく、神からの恵みである。「神の義」について「能動的義」として理解していたのが、「受動的義」と理解することができるようになり、神は「怒りの神」ではなく「恵みの神」、恵みと赦しこそが神の本当の姿であると理解するようになりました。「受動的義」というのは、決して消極的という意味ではなく、ただ神に全てを委ねる、神の前で謙遜な姿で神の愛と赦しを受け取ることだと理解できるようになったのです。「塔の体験」とは神の恵みを深く悟った体験ということができます。「神の義」について苦しみ、「裁きの神」を愛することができず、罪を犯す自分は「罪の奴隷」であると考えていたルターが、罪から解放され、神の恵みによって自由にされたのです。
国立国会図書館に、ヨハネ福音書8章32節「真理がわれらを自由にする」という言葉が、ギリシア語と日本語で刻まれています。この言葉は初代参議院図書館運営委員長、羽仁五郎氏の発案によるもので、国立国会図書館法前文にも記されているそうです。ギリシア語の方は、聖書の原文どおり「真理はあなたがたを自由にする」となっているのに、日本語の方は「真理はわれらを自由にする」となっているそうです。聖書は、イエス様が弟子たちに語られた言葉として書かれ「あなたがた」と呼びかけていますが、国立の図書館ですから宗教的な「真理」では困るので「われら」としているのかもしれません。
「私の言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」イエス様の弟子になるときに、私たちは真理を知り、真理は私たちを自由にしてくれると言った「真理」とは一体何でしょうか。キリストの裁判で、ピラトも口にしている言葉です。イエス様は「わたしは真理について証しするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く(ヨハネ18:37)」と語られたとき、ピラトは「真理とは何か(18:38)」と問いました。「真理とは何か」これは私たちに常に問いかけられ続けている言葉でもあります。
イエス様は、「私は道であり、真理であり、命である(14:6)」と教えてくださいました。「イエス・キリストこそ真理であり、イエス・キリストのもとにこそ真理がある」と聖書は教えています。「真理について証しするためにこの世に生まれ、この世に来た」ということは、つまりイエス様は「神様の愛を伝えるためにこの世に生まれ、この世に来た」ということです。
では「真理はあなたたちを自由にする」とは、私たちを何から自由にしてくれるのでしょうか。
第一は、「罪の奴隷である」私たちを「罪から自由にされる」ということです。イエス様の言葉に留まっていなければ私たちは罪の奴隷でした。しかしイエス様の十字架の死によって私たちは罪から解放されたのです。第二は、「死から自由にされる」ということです。イエス様は「わたしの言葉を守るなら、その人は決して死ぬことはない」と教えられました。イエス様につながっているとき、私たちは決して死ぬことはないと約束されているのです。
ルターは、その著書『キリスト者の自由』で、二つの命題を記しています。
キリスト者は、すべての者の上に立つ自由な君主であって、だれにも服しない。
キリスト者は、すべての者の下に立つ奉仕する僕であって、だれにも服する。
「人間は自由な君主である」ということは、人間は神様からたくさんの恵みを受け、神様に守られている存在であるから、心配や悩み、心の重荷から解放され、自由な存在であるということです。
「人間は奉仕する僕である」ということは、私たちは神様からたくさんの恵みを与えられ、守られているのだから、他者のために、奉仕できる存在であるということです。イエス様は「互いに愛し合いなさい」と教えてくださり、愛の奉仕を示してくださいました。私たちは他者からの評価や利害関係を気にすることなく、奉仕することができる自由が与えられているのです。
ルターは、「私もまた、私の隣人のためにひとりのキリストになる」と語りました。キリストによって自由がもたらされ、あらゆる思い煩い、心配や不安、恐れから解放された私たちは、キリストの恵みを受けて、キリストに全てを委ねて、自由な愛の奉仕に生きることができるのです。
ぴょんちゃん、ありがとう
日善幼稚園で飼っていたぴょんちゃんというウサギが、19日、日曜日の夕方、静かに息を引きとりました。20日、月曜日の朝、子どもたちにそれぞれのクラスでお話をし、降園前、教会に園児全員が集まり、お別れの祈りのときを持ちました。子どもたちにぴょんちゃんの最後の様子を話し、ひとりずつ「ぴょんちゃん、ありがとう」と別れの挨拶をしました。毎朝「ぴょんちゃん、おはよう」と挨拶に来てくれていた子、友だちと喧嘩をしたり、先生に叱られたりしたときなど、ぴょんちゃんのところにきて、しばらく一緒に過ごし元気になった子、ぴょんちゃんはいつも日善幼稚園の子どもたちと一緒でした。祈りの後、出棺、火葬し、その日のうちに小さな骨壺に入ってぴょんちゃんは幼稚園に戻ってきました。子どもたちはお家の方にぴょんちゃんの最後の様子、お別れの祈りの事をお話ししたようです。今の子どもたちは、身近に死を体験することが殆どありません。子どもたちにとってぴょんちゃんとのお別れは悲しく、寂しく、今もぴょんちゃんのゲージの置いてあったところに来て、寂しそうにしている子もいます。でもぴょんちゃんの死を通して、私たちはイエス様とつながっていることによって死の恐怖から解放されていることを感じとってくれたことでしょう。私にとって牧師として初めての葬儀の司式が、ぴょんちゃんの葬儀でした。