第一日課 イザヤ書42章1~9節
第二日課 使徒言行録10章34~43節
福音書 マタイによる福音書3章13~17節
今日は「主の洗礼」主日です。イエス様の洗礼は私たちの洗礼とは異なる意味を持ちます。洗礼者ヨハネは「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない」「その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる」と語りました。イエス・キリストこそ、力をもった方であり、イエス・キリストの洗礼には、「脱穀場を隅々まできれいにする」つまり、罪を清める力があることを示しています。
ヨハネはヨルダン川で、人々を悔い改めに導くために洗礼を授けていました。しかし自分よりももっと優れた方が後から来られるということも明らかにし、その方がどういう方なのか、ヨハネの洗礼を受けるために集まってきた人々に対して声高に説いていました。まさにそのとき、イエス様が現れたのです。ヨハネはそこに集まっていた誰よりも驚き、そして、何とかして主イエスの受洗を思いとどまらせようとします。
「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか」ヨハネは、自分こそ罪人であり、悔い改めるべきものなのにと告白するのです。ヨハネは、自分自身に対して厳しく、ファリサイ派やサドカイ派の人々とは違う自分を示し、荒れ野で質素な生活を送っていました。それでも突然のイエス様の登場には驚き、受洗することは阻止しようとします。
イエス様は「今は、留めないで欲しい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」と初志貫徹しようとされます。イエス様がヨハネのところにやってきたのは、洗礼を受けるために来られたのです。「我々にとって、正しいこと、ふさわしいこと」とは、「神の正しさ」です。それを「すべて行う」とは、神様の意志に従って生きるということです。
イエス様の受洗は、これから始まるイエス様の公生涯を象徴する出来事がここで起こっているのです。「キリストの洗礼」は多く描かれています。その中の一つ、エル・グレコによって1597年から1600年頃に制作された絵は、聖書の記述をただ再現するのではなく、洗礼そのものの意味を象徴的に捉えて描かれています。人物のみを光り輝かせるのではなく、画面全体が不思議な光で包まれて見えるのが特徴です。主イエスが、洗礼者ヨハネの前に跪く姿で描かれています。神の子であるイエス様が、ヨハネの前に跪く姿です。ヨハネよりも偉大な方が、ヨハネの前に頭を垂れ、ヨハネより優れた方が、ヨハネから洗礼を受けられる。悔い改めの必要のない方が、悔い改めの洗礼をお受けになる。罪のない方が、罪ある者と同じように、罪人と並ばれる。まさにこれから始まる主イエスの生涯を象徴する出来事がここで起こっているのです。私たちを「消えることのない火で焼き払われる」ことが出来る方が、私たちを焼き払うのではなく、焼き払われる側、私たちを同じ側に立たれて洗礼を受けられる。主イエスは、「純潔」を示す白い肌着をまとい、「赤色のマント」がかぶせられているのは、「犠牲」と「殉教」を示しています。ラクダの毛衣をまとっている洗礼者ヨハネのそばの木には「斧」が置かれています。煌めく光が神の白い衣、そして主の洗礼のあとに降ってきた「聖霊の白い鳩」、キリストの体全体を照らしています。主が人の前に跪かれて、悔い改める必要のない方であるのに、悔い改めの洗礼を受けられたという今後の主イエスの生涯を象徴する出来事として描かれていることがよくわかります。
主イエスは洗礼を受けると、すぐに水の中から上がられました。身体全体を水の中で洗い流し、そして新たに生まれ変わるとき、天がイエスに向かって開き、神の霊が鳩のように彼の上に下り、「これは私の愛する子、わたしの心に適うもの」という天からの声が聞こえました。天から来られた方が、人として、地上の私たちと同じところに立たれて、洗礼を受けられたことによって、天が開け、天と地が結ばれたのです。イエス・キリストは、「神であり、人である」方となられたのです。「神であり、人である」というのは、矛盾することであり、常識では理解できることではありません。私たち人間が神になることはありません。しかし全能の神であれば人になることもできるのです。「まことの神」であるイエス・キリストが身を低くして、跪いてヨハネから人々と同じように洗礼を受けた、「まことの人」となってくださったのです。天からの声は、「まことの神にして、まことの人である」ことを声高らかに宣言しているのです。主イエスは、まことの神であられるのに、洗礼を受けられ、まことの人となられ、この世に遣わされました。
「洗礼」とは何か、その原点はゴルゴダの出来事にあります。ヨハネ福音書19章に記されています。
「ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。こうして、彼らはイエスを引きとった。イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴダという所へ向かわれた。そこで彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。」
イエス様が、私たちのために、命を捨ててくださった。そのことによって、私たちは神様の愛を知ることができました。ゴルゴダの出来事によって、全ての人が、罪を赦され、罪から解放された「基本的洗礼」を受けました。「基本的洗礼」は歴史の中で起こった出来事であり、それだけでは私たち一人一人の意志とは関係のない客観的な出来事です。私たちはその出来事を自分自身の事柄として受け入れるとき、十字架の出来事は私のための十字架になるのです。私たちが洗礼を受ける意味は、ここにあります。私たちが「洗礼」を受けるのは、十字架の出来事を私のための十字架として受け入れるためです。「洗礼」とは、単なる水ではなく、神の命令であり、神のみ言葉と結びついた水です。マタイ福音書の最後には、次のような言葉があります。「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授けなさい」この言葉によって洗礼を受けるのです。洗礼は、主イエスが受けられたことによって、主が人となってくださったことを表しました。そしてさらに神の言葉によって命じられたことであり、私たちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。そして、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活されたように、わたしたちも新しい命に生きることができるようになったのです。
「わたしの愛する子、私の心に適う者」この言葉は、洗礼によって新しい命を生きるものとされた私たちにも与えられている言葉です。私たちは洗礼によって主とつながることができ、神様から「わたしの愛する子」という声を受け取ることができるようになりました。「心に適う」というのは、「喜ぶ、満足する、気に入る」という意味のある言葉が使われています。神様は喜んで、私たちを受け入れてくださっているのです。主にすべてを委ねて、この年も新しい命を生きる者とされていることに感謝して過ごしてまいりましょう。
嬉野 隠れキリシタン 史跡を巡って・・・
4日の久留米教会の礼拝、定例役員会を終えて、クリスマスから続く、年末年始の礼拝が一段落しましたので、5日、6日、一泊二日嬉野温泉を訪ねました。2時間ほどで行かれる温泉ということで嬉野温泉に決め、その後何も周辺について調べることもなく現地に赴きました。宿泊旅館で受け取った周辺マップに従い、近くの轟の滝公園を訪れたところ、周辺に隠れキリシタンの史跡が点在していることを知りました。6日の午前中は、その史跡をいくつか回ることにしました。
まず国の天然記念物にも指定されている大チャノキを見に行きました。推定樹齢350年を越え、大きく枝を広げ育っている大茶樹。この場所は、「うれしの茶発祥の地」として礎が建立されていますが、周辺は見渡す限り茶畑が広がっています。その近くに隠れキリシタンの史跡が点在しています。
最初に太刀洗川史跡を訪ねました。キリシタン弾圧で宗徒を切った太刀を洗った事から名付けられたと言われています。今は静かな流れの太刀洗川も当時は血の色に染まっていたことでしょう。そこから400m先の川上に垣内史跡があります。ここには垣を巡らした宗徒を収容した獄舎がありました。ここにいた宗徒が処刑されたのかもしれません。小さな祠の上には十字架が刻まれています。垣内史跡までの山道は、荒れ果て、人や車が通った形跡はあまり見られず、ひっそりと立つ史跡を訪ねる人もあまりいないのでしょう。
最後に、俵坂番所跡を訪ねました。畑の中の細い生活道を通り抜け、国道34号線の脇にありました。江戸時代、長崎街道として佐賀藩、大村藩両藩の藩境の要地となり、特にキリシタンの取り締まりを厳しく行ったという関所です。侍1名、足軽9名が監視にあたり、通路には、門柱が建てられ、その両脇には竹の柵が巡らされていたそうです。国道開通により、旧長崎街道の面影が消滅していくことを憂い、同志により記念碑を建立したそうで、石柱は当時のもの(旧番所門柱石)を用いているそうです。
山に囲まれた一面の茶畑、山に足を踏み入れると、うっそうとした杉林が広がる山道、2016年、マーティン・スコセッシ監督の映画、『沈黙―サイレンス』において、軟弱な日本人キチジローが、五島列島の山道を駆け回り、潜伏する場所を捜し求める場面を想い起しました。この地においても多くの隠れキリシタンが幕府からの弾圧を逃れ、潜伏しその信仰を守り続けたのでしょう。当時の日本人にとって、キリスト教は本当に救いになったのかと考えさせられる小さな旅となりました。

太刀洗史跡

垣内史跡

俵坂番所跡